創造(想像)性のある遊びを その1

  • 2020.04.25 Saturday
  • 23:50

テレビゲームが世の中に流行り始めたのは僕が小学校中学年の頃。約35年前。


僕は毎日学校から帰るとランドセルを置いて外へ飛び出し、野球やサッカー、ドッジボール、雑木林で昆虫探しをしたり、チャンバラ、どろけい、めんこやコマ、時にはガンダムごっこも(笑)…そんなことをしながら友達と外で遊ぶことが当たり前だったし、とにかく楽しかったのを覚えている。


ところが忘れもしないある日のこと、隣の友達の家から毎日のようにワイワイ声がしてきて、何かと思いお邪魔させてもらったら、テレビゲーム(ファミコン)をしていたのだ。初めてその光景を見たとき、とんでもない驚きだったことを今でもはっきりと覚えている。


あれ以来、あっという間に世の中の子どもたちの遊び方が一変していったのを、僕は目の当たりにした世代だ。そういう意味で、テレビゲームの経験はあるが、僕の世代は最後の外遊び世代だったのだろうと思う。


下校後、友達と会ってから夕方まではたっぷりと時間があるので、同じ遊びをずっとすることもあるが大抵は途中で飽きてしまう。するとそこからが

「なにしよっか〜、楽しいことないかな〜」の時間。

子どもなりに想像力を働かせ、いろいろ遊びを創り出す。本当に色んなことをやった。新聞紙で剣を作り、忍者ごっこやチャンバラをした。林の中にある天然の栗の木。とても高いところになっている実を試行錯誤して落とした時の快感は今でも覚えている。夕方に木に蜜をぬり、早朝にカブトやクワガタを採りに行くのだが、採れるのことは滅多にない。やっと採って大切に飼っていたクワガタを、友達のクワガタと戦わせたこともあり、大興奮だった。めんこの勝負をし、大切なめんこを取られた悔しさも忘れられない思い出だ。悪知恵も働かせた。いろいろな所からビンを集めて酒屋へもって行き、換金したお金で駄菓子を買ったり、落ち葉を集めて焼き芋をしたり…。女の子はあやとりやゴム跳びが上手にできて、男の子の僕は全く楽しそうに見えなかったが、器用ですごいなぁと感心していた。


まあとにかく、毎日頭も身体も、そして五感をフルに使って遊んでいたのだ。


そして十数年後、僕は教師になり、たくさんの子どもたちを見てきた。とても残念なことに、教師になったばかりの20年前の子どもたちでさえ、すでに遊びを知らない子が多かった。そして年々、その傾向は顕著になっていった。自分たちで遊びを創り出せない。遊びを知らないから、遊びの内容が単調。工夫を重ねて遊びが発展していくことはない。だから、大人が関わらないと遊べない。大人がルールを設定してあげないと、集団では特に遊べないことが多かった。


そりゃそうだ。今の世の中、楽しい刺激が楽して手に入る。テレビをつければ何をしなくても笑わせてくれる。ドキドキ、ワクワクさせてくれる。テレビゲームのスイッチを入れればワクワクハラハラドキドキ、クリアすることで大変な快感・刺激を脳が味わえる。おまけに外での遊び場は昔に比べかなり減ってしまった。これらが当たり前の世の中だから、「外に出ても何して遊べばいいかわからない」のは当然だし、友達と遊びを工夫して創り出すことをわざわざするのは面倒なだけ。そもそもそうした遊びの必要性を感じないのだ。


そのような今の世の中で、教師として、親として、

「子どもの遊びの方向性をどのように向けていけば良いのだろう。」

そう考えてきた僕が、今現在大切にしている事を次回述べたいと思う。


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